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加藤泰官

更新日:2021年4月20日更新 印刷ページ表示

5代藩主 加藤泰官について

加藤泰官は、元文2(1737)年、泰廣(4代)の長男として江戸に生まれました。

宝暦6(1756)年、父泰廣の隠居に伴って20歳で家督を相続し、翌年初めて新谷に入りました。

藩主在任期間中は、朝鮮通信使が来日した宝暦13(1763)年に、淀から京都、遠江国新居までの鞍特具(鞍・鐙・轡・手綱・腹帯など馬装具一式)二頭分の差し出しを命じられたほか、明和5(1768)年には駿府加番を命じられました。

また、江戸城の幸橋・日比谷囗・呉服橋御門の諸門番を5回勤めました。

泰官は、祖父の泰恒(大洲藩3代)や、伯父にあたる文麗(加藤泰都)の画才をうけて、絵が巧みであったと伝えられています。

明和8(1711)年、病のため新谷において35歳で没すると、新谷の大恩寺に葬られました。

 

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