ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > わがまちの文化財 > 二宮敬作住居跡

本文

二宮敬作住居跡

更新日:2026年4月1日更新 印刷ページ表示
名称 二宮敬作住居跡(にのみや けいさく じゅうきょあと)
指定種別 市指定
種別 史跡
指定年月日 昭和53年8月26日
所在地 大洲市上須戒甲1210
所有者 個人

概要

二宮敬作(1804-1862)は、現在の八幡浜市保内町磯崎(いさき)に生まれた医学者・蘭学者で、ドイツ人医師で博物学者のシーボルト(Philipp Franz Balthasar von Siebold, 1796-1866)に学びました。

文政11(1828)年のシーボルト事件によって、敬作は一時入獄しますが、のちに宇和島藩に召し抱えられ、「医聖」と呼ばれるほどの活躍をみせます。

出獄後の天保2(1831)年、伊予に戻った敬作は、上須戒(かみすがい)出身の許嫁・西イワと結婚し、この地に移り住みます。

この住居跡はイワの出生地でもあり、天保4(1833)年に卯之町へ移るまで、敬作はここで医業を営んでいました。

敬作がこの地で医業を営んだ期間はわずかですが、この住居跡は敬作の業績をたどるうえで欠かせないほか、大洲へ蘭学に基づく医療を導入した地としても重要です。

写真

 二宮敬作住居跡 二宮敬作住居跡

位置図