本文
| 名称 | 二宮敬作住居跡(にのみや けいさく じゅうきょあと) |
|---|---|
| 指定種別 | 市指定 |
| 種別 | 史跡 |
| 指定年月日 | 昭和53年8月26日 |
| 所在地 | 大洲市上須戒甲1210 |
| 所有者 | 個人 |
二宮敬作(1804-1862)は、現在の八幡浜市保内町磯崎(いさき)に生まれた医学者・蘭学者で、ドイツ人医師で博物学者のシーボルト(Philipp Franz Balthasar von Siebold, 1796-1866)に学びました。
文政11(1828)年のシーボルト事件によって、敬作は一時入獄しますが、のちに宇和島藩に召し抱えられ、「医聖」と呼ばれるほどの活躍をみせます。
出獄後の天保2(1831)年、伊予に戻った敬作は、上須戒(かみすがい)出身の許嫁・西イワと結婚し、この地に移り住みます。
この住居跡はイワの出生地でもあり、天保4(1833)年に卯之町へ移るまで、敬作はここで医業を営んでいました。
敬作がこの地で医業を営んだ期間はわずかですが、この住居跡は敬作の業績をたどるうえで欠かせないほか、大洲へ蘭学に基づく医療を導入した地としても重要です。
二宮敬作住居跡