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大洲市名誉市民について

 市では、社会、文化、産業の進展に貢献し、その功績のあった方に対し、大洲市名誉市民の称号を贈り、顕彰することとしています。ここでは、これまでに大洲市名誉市民の称号をお贈りした方々を紹介します。(敬称略)

大洲市名誉市民条例 [PDFファイル/74KB]

大洲市名誉市民章
大洲市名誉市民章

高輝度青色発光ダイオードを発明し、ノーベル物理学賞を受賞した科学者

なかむらしゅうじ
中村修二 なかむら・しゅうじ (1954~)
称号贈呈:平成27年2月3日

 伊方町(旧瀬戸町大久)生まれ、小学2年のとき大洲市若宮に住まいを移す。市立喜多小学校、市立大洲北中学校、県立大洲高等学校を卒業。小・中・高と11年間、大洲市で勉学にいそしむ。その後、国立徳島大学工学部に進学、2000(平成12)年から現在に至るまでカリフォルニア大学サンタバーバラ校教授として活躍中。
 世界で初めて、高輝度の青色発光ダイオード(LED)を発明。従来のすべての光源を省エネのためにLEDで置き換えることを可能にした。この功績により、いくつもの偉大な賞を受賞し、2014(平成26)年にはノーベル物理学賞を受賞した。氏の発明による青色LEDの実用化は、今や産業、環境、経済、学術など世界のあらゆる分野の進展に寄与している。平成26年度文化勲章受章。

「地方栄えずして国栄えず」の信念のもと、地方自治の伸展に貢献。新市初の名誉市民

にしだまもる
西田 司 にしだ・まもる (1928~2014)
称号贈呈:平成20年1月11日

 旧喜多郡大和村出身。昭和34年に長浜町議会議員に初当選。昭和37年には議長を務め、昭和38年には、県下最年少の町長として長浜町長に就任。昭和49年までの3期11年間にわたり、町政の発展に尽力した。その後、活躍の場を国政へと移し、昭和51年に衆議院議員に初当選。3期目となる昭和59年には国土政務次官に就任。以後、平成2年に国土庁長官、平成10年と平成12年には自治大臣・国家公安委員長を歴任し、我が国の発展に大きく寄与した。勲一等旭日大綬章、愛媛県功労賞などを受ける。正三位叙位。


 

地方自治の歴史とともに歩んだ初代肱川町長

いけだまちお
池田萬千雄 いけだ・まちお (1899~1980)
称号贈呈:昭和55年4月1日 

 旧河辺村収入役を経て、肱川村の収入役、助役、村長となった。昭和34年、初代肱川町長に就任。中学校統合や鹿野川ダム建設など多くの実績を挙げ、30余年にわたり地方自治の発展に寄与。勲五等瑞宝章、愛媛県知事表彰などを受ける。従六位叙位。

 

 

愛媛県の社会教育の向上と警察行政に貢献

こうやまたいばん
神山諦鑁 こうやま・たいばん(1889~1973)
称号贈呈:昭和41年7月29日

  東京帝国大学哲学科卒。昭和4年から33年まで住職を務めた出石寺において出石寺文化事業団を結成し、社会教育・社会事業を推進。本市の発展に多方面で寄与する一方、県社会教育委員・公安委員として社会教育、警察行政に尽力。

 肱川村初代村長として郷土の発展に挺身

やまだしょうたろう
山田庄太郎 やまだ・しょうたろう(1892~1969)
称号贈呈:昭和41年3月16日

  大正8年に宇和川村で開院。28歳で宇和川村議会議員、のち同村村長、愛媛県議会議員となった。昭和18年、肱川村の初代村長に就任し、集落統合や庁舎建設など新村の基盤づくりに力を注いだ。藍綬褒章、勲五等双光旭日章受章。正六位叙位。

  

生涯を植物研究と山野の緑化にささげた教育者

うえきほみき
植木秀幹 うえき・ほみき (1882~1976)
称号贈呈:昭和40年1月1日

  戦前の韓国において38年余、山野の緑化と造林に努め、「朝鮮緑化の父」といわれる。戦後は、愛媛大学教授として後進の教育にあたった。市文化財専門委員、木を愛する会会長を務める。朝鮮文化功労賞、勲二等瑞宝章受章。従三位叙位。

女性の地位向上と県の福祉行政に尽力した医師

あやいゆきえ
綾井章江 あやい・ゆきえ (1887~1964)
称号贈呈:昭和39年3月26日

  東京市立日本医学校卒。旧大谷村にて医業を通して村民の健康維持に尽力。肱川村議会議員、県連合婦人会長、県母子福祉会連合会長などを歴任、女性の地位向上と社会福祉事業に多大な功績を残す。勲六等宝冠章、従六位叙位。

 

 

国際感覚を身につけた旧藩主加藤家の嫡裔

かとうやすみち
加藤泰通 かとう・やすみち(1879~1971)
称号贈呈:昭和38年1月1日

  英国留学ののち、宮内省式部官、大礼使事務官、皇后官事務官・本官を歴任し、昭和7年より貴族院議員を3期務めた。冨士山の所有林など多額の私財を大洲市に提供し、産業・教育・文化・スポーツの振興に貢献。正三位勲三等受章。