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塚田滋隊員の日常(No.2)

更新日:2026年8月14日更新 印刷ページ表示

塚田滋隊員の日常(No.2)

令和8年6月に林業部門として大洲市に着任して2か月が経ちました、地域おこし協力隊の塚田です。
とある日は、景色が大変良いところで活動していたのですが、この時、山の上に大きな雲がかかっており、自然の迫力に感激しました。(写真ではお伝えしきれない!)

長浜(里山)からの風景

 

​最近、時間があるときにウォーキングを兼ねて、地理研究・歴史探訪にいそしんでいます。
(すこし、顔がシュッとしたかも。)


先日は、大洲市と八幡浜市を繋ぐ、「夜昼峠」に行ってみようと思い、さっそく見に行きました。
「夜昼?」気になっていたんですよね~
大洲は濃い霧に包まれているのに峠を越えたら晴れている・険しい峠の地形・集落の名称・霧が峠に寄り集まり消える、などなど。
諸説あるようですが、漢字だけでは不思議な地名に聞こえますよね。
途中、シイタケ原木が数多く置かれた場所を通りましたが、山の上の方から大量の原木を伐採し、ほだ場まで下ろしてシイタケ原木として並べる作業が並々ならぬ苦労であることを感じました。

 

更に、遍路道の道標を横目に、鳥のさえずりを聞きながら汗だくになりながら、うっそうと木々が生い茂る道を進んだところ目的地が見えてきました。
夜昼峠を通り抜ける爽やかな風を感じつつ、徒歩で古道の峠を通り過ぎていった人々の苦労が忍ばれました。

夜昼峠説明夜昼峠

その後、千賀居隧道(ちがいずいどう)まで行き、赤レンガで作られた建設物にたどり着きました。
わずかな距離の隧道ですが、整然とレンガ積みされた歴史ある情景を見て、生まれ故郷の埼玉県深谷市で赤レンガを生産していた歴史もあることから、親しみを感じました。

千賀居隧道説明千賀居隧道(トンネル)

 

ここからは、私のエピソードをお話したいと思います。

不定期発信エピソード(1)
野球を楽しんでますか?〜小児癌と球児〜
私は、下手(へた)の横好きですが、野球、ソフトボールが好きです。そして、バッティングを教えるのが好きです。なぜでしょうか?
これは、長男が小学生の頃のお話です。


当時、少年団で長男が野球を始めて暫く経った頃、突然、チームメイトの「じゅんじゅん」が体調を崩し、病院に行ったところ、小児癌と判明しそのまま入院となりました。
神様は、小さな命にも容赦なく、試練を与えました。
チームメイトも父母たちも、病気と戦っているじゅんじゅんの姿を見て、回復を祈り、また、「何かできないか」、「勇気づけることができないか」と、気を揉んでいました。
そんな中、じゅんじゅんは、阪神の藤川球児投手(現阪神監督)のファンだと分かり、私は、なんとかならないかと、奔走しました。

すると、ある日、「これ、渡しておいて。頂くことができたよ。」と、藤川球児投手のサインボールを持ってきてくれた方がいたのです。
私は、感謝感激し、何度も何度もその方にお礼を言って、じゅんじゅんのお父さんに届けることができました。
後日、聞いた話では、お父さんは男泣して喜んだそうです。


それから、月日は流れ、じゅんじゅんは、病を克服し、グラウンドに戻ってきました。
「打つ」、「走る」、力は落ちていましたが、復帰に皆が安心したのを覚えています。
サインボールのおかげなのか知る由もないですが、「一筋の光」が差し込んだ気がしました。
今でもその頃の話を思い出すと、つい、涙腺が緩んでしまいます。
私は、ただのおせっかい焼きですが、この経験を踏まえて、子供たちには純粋に野球の楽しさを知って欲しい、感じて欲しいと思い、自分なりに調べたり実践していったものです。

 

「人生は舞台である。」と誰かが言っていましたが、子供さんが檜(ひのき)舞台に立つときに、お父さんお母さんたちのカッコいい、「ヒーロー」になってもらいたいと思います。